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Posted by あしたさぬき.JP at

2009年11月22日

ベトナムの歴史遺産と平城京ータンロン皇城(ハノイ)

香川県立高松高校の関西玉翠会担当者のメールに送ったのだが、
送信されず。以下貼り付ける。

奈良在住の卒業生からのお知らせをさせて致します。同窓MLにお知らせください。
(かつてはHPに掲示板があったのですが見当たらず)

高高先輩である上野邦一奈良女子大学特任教授の講演会が開催されます。
同先輩の加藤秀樹氏の構想日本による事業仕分けが
奈良市http://www.city.nara.nara.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1252913620764&SiteID=0000000000000&FP=toppageでも22日と23日開催。 
厳しい財政状況のもと、より一層効果的、効率的な行政運営を行うために、本市で実施している事務事業をゼロベースで見直すこととし、「そもそも必要であるか」、「市が実施すべきなのか」、「実施手法はこれでよいのか」など外部の視点による議論を通じて見直しを行うことにより、行政資源の有効活用を図るとともに、事業に対する行政の説明責任の徹底と職員のさらなる意識改革を推進するため、「事業の仕分け」を「構想日本」の協力を得て実施します。
 当日は公開で行いますので、ぜひお気軽にご来場ください。ということ。

連綿と続いた、国家1300年の歴史を体感して
アジアの中の日本を思うのも一興。なのでお知らせいたします。

講演会「ベトナムの歴史遺産と平城京ータンロン皇城(ハノイ
)1000年の歴史を掘る」が11月23日午後1時半から奈良市法蓮
仲町の春日野荘で開催される。
(平城遷都1300年協会後援)日本ベトナム友好協会副会長の桃
木至朗・大阪大学大学院教授の司会により、井上和人奈良文化
財研究所都城発掘調査部長が「タンロン皇城1000年紀と平城遷
都1300年」、上野邦一・奈良女子大学特任教授が「タンロン遺
跡の建築を考える」、奈良女子大学で博士号を取得し、現在、
ハノイ国家大学日本語学科で講師を務める
ファム・ティ・トゥー・ザンさんも現況を語る。
参加費は一般1500円、日本ベトナム友好協会会員、学生、在日
ベトナム人は1000円)。先着80人。申し込みは日本ベトナム友
好協会奈良支部(奈労連気付)(電話0742-26-7135、ファッ
クス0742-27-3314)までファックスで申し込む。

以下はWikiなどから編集。
2010年、平城京遷都1300年の来年はベトナム首都ハノイ(タン
ロン)が建都1000年を迎える。同地は唐代には雲南と南シナ海
を結ぶ交易路上にあり、安南都護府がおかれ唐による南方支配
の拠点となった。奈良時代の留学生で、唐王朝に仕えた阿倍仲
麻呂がこの府の長官(知事)を務めたこともある。唐末に安南
都護府の支配は形骸化し、さらに紅河が当時の海上交易網から
外れていったため、その重要性は一時低下した。しかし、11世
紀の李朝はこの地を都と定め、農業地帯を統治する拠点とした
。李朝の成立以降、1802年に阮朝がフエに都を移すまで王都と
して繁栄。その間は昇竜(タンロン)、東京(トンキン)など
様々な名で呼ばれてきたが、1831年に現在の名称になった。1873
年にはフランスに占領され、1887年フランス領インドシナの中
心地となった。昇龍(タンロン)遺跡は、戦火を超えて、南北
統一後、再びベトナムの首都となったハノイで2002年に国会議
事堂建設工事の際に発見された歴代の王宮の遺跡群で、現在も
発掘が続いている。2009年1月19日、ユネスコの世界遺産委員
会に対して世界文化遺産への登録が申請された。
同遺跡の発掘調査と保存指導は上野教授および奈良文化財研究
所の研究者らが担当している
  


Posted by こくぶん at 08:42Comments(0)事業仕分け